今日は、私が心から尊敬し、大好きだった方のご命日です。

クリスチャンの方なので、ご命日とは言わないですね、きっと。
もう五年経ちました。
五年前の今日、訃報を聞き大声で泣いて・・・。
それから約1か月半後に、ウィーンでの生活が始まっていましたが、
結局、半年間、毎日毎日・・泣き続けました。
ウィーンでの生活で、初めて行ったオペラが、
ワーグナーのローエングリンでした。
音楽の都ですから、いつも音楽が鳴り響いているのですが、
それがあまりにも悲しく、
そしてその日は特に、
最初から最後まで悲しくて、ずっと泣いていたことを覚えています。
お付き合いさせていただいた時間は、決して長くはなかったのですが、
たくさんの・・・本当にたくさんのことを教えてくださった方です。

鷲見康郎先生。
娘のヴァイオリンの先生です。
お父様はあまりにも有名な方なので、ここには書きませんが、
鷲見家の門を叩くご縁に恵まれ、
そしてそのレッスンに私が魅了されていきました。

今、世界中で活躍されているヴァイオリニストの多くの方々が、
このお家でレッスンを受けてきたということを考えると、
何とも場違いな気がしましたが、
プロを全く目指していない、娘に対してのレッスンとどこが違うか・・というと、
結局は「進むスピード」だけでした。

曲で弾けない箇所があると、
先生がエチュードを持ってきて、
「このエチュードのこの部分を練習しておいで。全部弾くんじゃなくてこの部分」
そういうレッスンでした。
できないことをできるようにする為の「引き出し」と、
それを出す「タイミング」「方法」などをたくさんお持ちでした。
エチュードや曲を、最初から最後まで弾きとおすということは、
発表会前の伴奏合わせの時ぐらいで、
普段のレッスンの時は・・・私の記憶ではほとんどありません。
熱が入って、レッスンが3時間なんていうこともしばしば。
(何度も書きますが、娘はプロを目指していません。にも関わらず・・・。)
立ちっぱなしでレッスンを受けた当時小3の娘に、
「疲れたでしょ、美味しいもの食べて帰ろうね・・」と言うと、
「疲れたけど楽しかった~」という返事がほとんどでした。

思い出に残るようなレッスンは、たくさんあります。
「教える」ということの本当の形を、
私は康郎先生から教えていただいたような気がしています。
それを実践できているかどうかは疑問ですが、
明らかに意識が変わったことは確かです。

そういう方に出会えたことは、
私にとって大きな財産になりました。

心からご冥福をお祈りしたいと思います。